淡雪

確か彼女に逢ったのは粉雪のちらつく冬の始まりの頃。鮮明に覚えているのは多分行動が可笑しかったからだ、いや意表をつかれたというべきか。いきなりだったんだ、何もかもが。
ポスッ、という音とともに訪れたものは僅かな衝撃と問いかけるようなソプラノ。
「ねぇ、痛い?」と唐突にいわれたからには答えようもない。赤の他人に雪で作った玉を背中に投げつけられた挙句に質問攻め。黙りこくる俺に向かって向けられたものは今度は正面からやってきた。
「ここ、痛い?」と、心臓の辺りを指差しながら水晶玉の様な瞳で問いかけてきた。彼女に痛みを分かって貰いたかったのかもしれない。その時の俺は少し変だった、そういつも以上に。だからあんな言葉が口から零れ出た。
「痛いよ、物凄く」
返された返事は、忘れられない。
「なら、大丈夫。貴方、生きてる」
呆然と立ち尽くす俺に向かって彼女は最後にこう告げて消えたんだ。
「皆ね、ここが痛いの。ただね、怖くてその傷を覆い隠してるだけ、貴方の方がよっぽど強い。だって傷を受け止めてるでしょ?傷を認めてあげてるでしょ?それがね、強い人間になる第一歩なの」
その日の寒さなんか覚えていない、だって彼女があたたか過ぎたから。雪も多分俺の周りだけ溶けていたんだろうな。そんな事、気にしないけど。
雪が舞う頃には多分、また彼女に逢える。そうしたら今度は俺から投げてやるんだ、小さな言葉の塊を。